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石井琢朗という男

2012年09月30日 23:22

いい引退の花道でしたね。

1日3

あの9回裏は、今年唯一本気でカープを応援した気がします。

タクローさんにまわせと。

1日6

打席が回って来た時は、ちょっと笑ってましたよね。

野球の神様は本当にいました。



では、少し長いですが

綴っても綴りきれないのですが、おつきあい下さい。




2年前に頂いた言葉をそっくりお返しします。

少なくとも僕にとっては精神的支柱だった。


正直に言うと

僕がカープを辞める時に気になっていたのは、トレーナーチームでの自分の抜けた穴であって、

やはりベテラン選手の事は気になっていて。

でも最後の最後まで気になっていたのは圧倒的に、前田さんなんです。

実際、その時は僕がリハビリをさせて頂いてましたし、

前田さんのリハビリはちょっと特殊で、

自惚れですが、やはり僕が辞めたら迷惑をかけてしまうな?というのはありました。

今年の活躍を見ると、ますます単なる自惚れだったわけですが。

2日1

それで、

タクローさんはそんなに特殊なリハビリが必要、という訳ではなかった。

ひとことで言うと、元気な身体でした。


ですから、トレーナーとしていろいろ手伝ったというより

「プロ野球界」という特殊で、独特な文化を持つ世界において

むしろ、精神的に支えてもらっていた。と言う方が正しいです。


ストレッチをしながら、いろいろ相談しました。

チームのコンディショニングの事、カープの未来の事。プライベートなことも。



石井琢朗さんと出会ったのは沖縄自主トレの出発日。

今は跡形も無い旧市民球場の玄関先でした。その時の不思議な空気ははっきりと覚えています。

「なんでこの人がここにいるんだろう。。。」という。


そのキャンプは何か不思議な感じで

僕も探り探りで。

「石井琢朗」という男をまだ掴めていませんでした。

でもキャンプから帰って来てすぐ、1塁側ベンチから見た光景を今でもはっきり覚えています。

今まで青のイメージだったベイスターズの石井琢朗さんが、

旧市民球場(まだマツダスタジアムが建設途中でした)の枯れた芝生の上を、赤いウェアで走っている。

まだ誰も来てない時間から黙々と走っている。

そんな光景に、すごく違和感を覚えた反面、

ああ、 すごい人がカープに来てしまったんだなと実感しました。

キャンプ地である沖縄や日南ではそんなに違和感なかったのに、

キャンプ期間中、1ヶ月も一緒に練習していたのに、

市民球場での石井琢朗さんは、ものすごい違和感でした。

市民球場では、敵としての、青の石井琢郎さんというイメージが定着していたんでしょうね。



この前インタビューを受けて、いろいろ思い出していたのですが

カープでのタクローさんのカラーって、そんなに強いイメージが無いんですよね。

存在感は圧倒的なのに。です。


常にチームの事を考えて

それまでの自分のカラーを封印していた4年間だったのでしょうか。

30日5

若手の育成。

どこかのタイミングで、完全にそっちにシフトされた感じがありました。

本当は悔しかったでしょうね。

30日4

でもその意思は若い選手には十分伝わったと思うんです。



「すずさん、あかん。このままでは終わってしまう。なんとかせんと」

2日2

この夏、哲が何度かトレーニングに来ました。

タクローさんの引退会見を見た後は

「やっぱり、、、、グッと来るものがありました。もう一回何としてでも1軍に上がりたい」と。

僕から見ると、やはり一番弟子ですからね。

彼もそれが分かっているからこそ、もがいていました。

苦しんでました。恩返しをしたかったでしょうね。

結局、哲の思いは届かなかったわけですが

そういう姿勢ならタクローさんも、少しは納得。ですよね?

「夏から焦っても遅い!」と一喝されそうですが。。。

でも哲が来た事を伝えた時は一瞬、嬉しそうでしたけどね。


1日9

勝つ為には?

そんな事をいつも考えているのが、ストレッチをしているときも感じました。

うーん。。。。と唸っていることが良くありました。

なんとかしないと、なんとかしないと、と言いながら

気付けばボウズ。なんて事もありましたね。

30日6

あの曲がらない右膝の感触、

もう随分忘れてしまいましたよ。

こういうのが一番寂しいかも。




しかし、よく考えましたね。

どうやったらカープが強くなれるか?

その答え、もしかしたら半分くらいすでに知っているのかも。

タクローさんで解決出来る事、変えられる事は、

積極的に動いて、変えようと努力されてました。

その反面

「変えられないこと」がまだまだありますよね。



いつか、監督としてのタクローさんが見たいですね。

カープでなくていい。

監督として思い切ってタクローさんカラーを出して欲しいです。

そこまで見て、

タクローさんを少し知れるような気がしています。

たった4年。

まだまだ氷山の一角。

石井琢朗という男の未来が本当に楽しみです。



話せば長くなるので、過去の話は終わりです。

この先タクローさんとどんな関わりを持てるか分かりませんが

この話の続きはまだまだあると思っています。





タクローさん

カープに来て下さって本当にありがとうございました。

1日4

とうとう球場を真っ赤に染めてしまいましたね。

いくら実績があると言え、たった4年でここまでファンの心を掴む事が出来るでしょうか。

やって来た事は、間違いじゃなかったですね。



奥さんも本当にご苦労様でした。

ご家族で少しゆっくり出来ればいいですね。




タクローさんはまだ試合に出られるそうなので

これで最後ではないでしょうが

目の前で引退を見届けたので、僕のなかでは一区切りです。



カープを離れた今、タクローさんと唯一繋がりを感じていたこのブログ。

4月〜毎日更新してきましたが

この日の事を埋もれさせたくない。という言い訳で

ちょっと休みます。


ちょっとっていうのは、、、ちょっとです。


じゃ、

タクローさんまた会いましょう。

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